東京高等裁判所 昭和47年(行コ)83号 判決 1973年4月26日
控訴人
株式会社ホンリュー・コーポレーション
右代表者
居村方治
右訴訟代理人
本間忠彦
同
村田武
被控訴人
横浜税関長
津吉伊定
右指定代理人
山内喜明
外五名
主文
原判決を取消す。
控訴人の本件訴を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人の輸入申告にかかる書籍「サン・ワームド・ヌード」三九二冊につき、被控訴人が昭和四四年五月三一日関税定率法第二一条第三項によつてなした通知処分は取消す。控訴人が右通知処分に対し同法第二一条第四項によつてなした異議申出につき被控訴人が昭和四四年八月二五日同条項に基づきなした異議申出棄却の決定は取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張並びに証拠の関係は、控訴代理人において、(一)本件書籍は、陸揚げされて保税倉庫(神奈川県横浜市中区新山下町三丁目七番地七二および七七所在の東邦港運株式会社保税上屋)に蔵置中である。(二)本件書籍について被控訴人がした関税定率法第二一条第三項の規定による通知および同条第五項の規定によつてした異議申出棄却決定は憲法第二一条第二項によつて禁止されている検閲の結果による被控訴人の認定に基づくものであるから、憲法の右条項に違反し、取消を免れないものである。(三)本件書籍は、関税定率法第二一条第一項第三号の書籍に該当するものではないにもかかわらず、被控訴人はこれに該当するものとしてなした前記通知および異議申出棄却決定は違法であるから、取消されるべきものである。(四)控訴人は関税定率法第二一条の規定が憲法に違反すると主張するものではない、と述べ、被控訴代理人は、本件書籍が控訴人主張のとおり保税倉庫に蔵置中であることは認める、と述べたほかは、原判決事実摘示と同一である。
理由
控訴人の本訴請求は、控訴人の輸入申告にかかる本件書籍につき被控訴人が昭和四四年五月三一日にした関税定率法第二一条第三項の規定による通知および右通知に対する控訴人の同条第四項の規定による異議の申出に対し被控訴人が同年八月二五日にした異議申出棄却の決定の各取消を求めるものであるが、当裁判所は、右申立にかかわる被控訴人税関長のした通知および異議申出棄却の決定はいずれも抗告訴訟の対象たるべき処分には該当しないと判断するものであつて、その理由は以下に説明するとおりである。
(一) 関税定率法第二一条第一項は、社会公共の利益を確保するため輸入を禁止することを相当とする貨物を法定したものであつて、同条項に規定する輸入禁制品に該当する貨物は、例外の場合を除き(同項第一号但書参照)、輸入の不許可、輸入禁止等の行政庁の特別の処分を要せず、法律上当然に輸入をすることができないものである。従つて、輸入禁制品に該当する貨物について輸入申告があつた場合には、税関長はその輸入を許可することができないことは勿論のこと、輸入の禁止又は不許可の処分をする必要もなく、また、その権限もないものと解すべきである。即ち、輸入禁制品に該当する貨物については、税関長による輸入の禁止又は不許可等の処分を俟つてはじめて輸入禁止の効果が生ずるものではなく、また、税関長のこのような処分のあることが、関税法第一〇九条に定める罪の成立の要件ともされていないのである。
(二) 関税法第六七条の規定によれば、貨物を輸入しようとする者は、税関長に所定の事項を申告し、輸入しようとする貨物についての必要な検査を経て、輸入の許可を受けなければならないこととされているが、右検査は、税額の確定および他の法令の規定による輸入の許可、承諾等の有無または他の法令の規定による検査の完了もしくは条件の具備の有無の確認のために、輸入されようとするすべての貨物につき一様に実施されるものである。されば、税関長が輸入されようとする貨物のなかに関税定率法第二一条第一項第三号に該当する物件があることを覚知したとしても、それは、税関長が関税法の右の規定により実施を義務づけられている上記検査の過程においてたまたま右該当の貨物のあることを知つたに止まるのであつて、刑事訴訟法第二三九条第二項に定める公務員が「その職務を行なうことにより犯罪があると思料するとき」の一場合に外ならず、関税定率法第二一条第一項第三号の規定を目して書籍、図画等のいわゆる表現物について税関長に憲法第二一条第二項にいう「検閲」の権限を与え、表現の自由に対して事前の抑制を加えることを可能ならしめるものとすることができないことはもとより、関税法の上記規定による輸入貨物の検査を目して「税閲」と解することはできないものといわなければならない。被控訴人のした本件通知および異議申出棄却の決定が憲法の禁止する「検閲」の結果によるとして、その憲法違反を主張する控訴人の主張の採用し得さることは明らかである。
(三) 関税法第六七条の規定による上記検査の過程において、税関長が輸入申告にかかる書籍、図画等が関税定率法第二一条第一項第三号に該当することを知つたときは、同条第三項の規定により、税関長は、当該貨物を輸入しようとする者に対し、その旨を通知しなければならないこととされている。本来ならば、右の書籍、図画等は関税法第一〇九条の罪の組成物件に該るのであつて、税関長としては告発の手続を取るべき筋合であるが、右法律の規定は、税関長をして直ちに告発の手続を取らせることなく、まず当該書籍図画等を輸入しようとする者に対し、右の通知の措置を取らせることとしているのである。その趣旨とするところは、当該書籍、図画等を輸入しようとする者に対し、これが関税定率法第二一条第一項第三号に定める輸入禁制品に該当するものであることを了知せしめて、その注意を促し、これを輸入するかどうかについて再考慮の機会を与え、これを輸入することによつて後日被ることあるべき処罰の危険を未然に防止せんとするものである。従つて税関長が上記規定によつてする右の通知は、当該書籍、図等が同条第一項第三号所定の輸入禁制品に該当すると認めるにつき相当の理由があるとの税関長の判断の結果を通知するもの、すなわち単なる観念の通知たるに止まり、当該書籍、図画等が輸入禁制品に該当することを確定し、または当該書籍、図画等について輸入の禁止もしくは不許可の効果を生ぜしめるものではなく、これによつて当該書籍、図画等を輸入しようとする者の権利、義務には何らの影響をおよぼすものではないのである。このことは、税関長の右の通知について不服のある者からなされる同条第四項の規定による異議の申出に対し、税関長が同条第五項の規定によつてする決定およびその通知についても言い得ることである。即ち、書籍、図画等は、思想表現の手段であるところから、税関長の判断に過誤なきを期するため、税関長からの上記通知を受けた者が右通知によつて示された税関長の判断に不服があるときは、税関長の再度の考案を促すために異議の申出をすることができることとして自己の意見を表明する機会を与え(同条第四項)、また、税関長は、右異議の申出があつたときは、輸入映画等審議会に諮問し、同審議会の意見を聞いた上で右異議の申出を容れてさきにした通知にかかる自己の判断を改めるか、または右判断をなお正当として維持すべきものとして異議の申出を却けるかどうかの結論を異議の申出をした者に通知することとしているのである(同条第五項)。従つて異議の申出に対する「決定」という用語が用いられているにかかわらず、税関長の右決定は、さきにした通知にかかる自己の判断を維持すべきものとするかどうかの判断たるに止まり、なにらの法律上の効果を生ぜしめるものではなく、また、右決定の通知も、右判断の結果の通知、即ち単なる観念の通知たるに止まり、いずれも抗告訴訟の対象たるべき処分とはいうことができないものといわなければならない。なお、異議の申出をした者が、税関長の右再度の考案の結果による異議申出棄却の決定にもかかわらず、当該書籍、図画等の輸入の意思を翻さないときは、税関長は、関税法第一三八条ないし第一四〇条の規定によつて告知および告発の措置を取るべきものとされているのであるが、当該書籍、図画等が関税定率法第二一条第一項第三号の輸入禁制品に該当するかどうかは、右告発に基づいて行われる刑事の裁判手続において確定されるのである。この点から見ても、税関長の同法第二一条第三項の規定による通知および同条第五項の規定による異議申出棄却の決定もしくはその通知が輸入禁止または輸入不許可の効果を伴なう行政庁の処分に該らないことは明かというべきである。
以上の説明によつて明かなように、控訴人が本訴において取消を請求する被控訴人税関長のした本件通知および本件異議申出棄却の決定は、いずれも憲法第二一条第二項の規定によつて禁止される検閲の結果によるものとは言うことができないのみならず、そもそも抗告訴訟の対象たるべき行政庁の処分に該当せず、従つて本訴は、爾余の争点について判断するまでもなく、不適法として却下すべきものである。
よつて、右と結論を異にする原判決は失当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定によつて原判決を取消すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条および第八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。
(平賀健太 田中良二 安達昌彦)